小鳥や蝶などが、たまに私を訪ねてくれることがある。
たとえば…
もう20年くらい前かも知れない。鬱々とした気分で他県へ商談にむかう車中にいた時、黄緑色のきれいな小鳥がフロントガラスにとまり、信号待ちの間中バックミラーや車の屋根など移動しながら一緒にいてくれた。その時はどんよりとした気分だったので、私のことを励ましに来てくれたに違いないと思ったものだ。
私はどっちかというと神サマを信じている。ピンチの時は「神サマ助けて!」と心の中で叫ぶ。だからこの時も、小鳥の訪問を「神サマがつかわしてくれたのかも?」と都合よく考える。思い込むのは個人の自由だ。
みなさまもきっとそんなこと、体験されていることと思う。たまたまと思って見過ごしてるだけ。
他にも友人と外出していた時、屋内だったのにてんとう虫がテーブルに来てくれたことがある。真っ赤なボディの七つ星てんとうだ。この時もちょっと心がざわつく出来事の後だった。ずいぶん癒されたように感じた。
自宅のベランダにいた時、キアゲハが来て1~2分ひらひら舞ってくれた。11階であるにもかかわらず。私はヒッキー気味なので、なかなか蝶に出会うこともない。これも何かのメッセージに違いない。(と思い込むのも個人の自由。)
友人とランチの順番待ちで座っている時、アオスジアゲハが来てくれた。この時は友人の肩に2度とまった。私は目の前で美しい羽を見ることができて感動!した。
このように私は小さな生き物が私を訪ねてくれることに勝手に特別な意味づけをして、気分を良くしている。
ところが、解釈に困る出来事があった。
1日仕事をして、割とへろへろ気味の夕刻、食事に誘われて近所まで出かけた。気楽な居酒屋で、今日の疲れがビールに溶けていくように感じたものだ。
そこでわたしは小さな生き物の訪問を受けた。
大変にぎやかなグループが隣席にいたため、お店の方にそっと席替えをお願いし、カウンターに移ったのだが、待ち構えていたように、壁にごきぶりの子供がいた。
まだ羽も生えそろわない、言ってみれば前髪だちの。
飲食店によくいる小さなチャバネごきぶりではなく、成長すれば4~5cmになる、普通のごきぶりのお子様だ。
私は虫もへびもトカゲもクモも割と好き。ネズミだって平気。野生のハツカネズミも飼ったことあるし。でもごきぶりだけは別だ。ハエもイヤだ。(「ごきぶり」をひらかなで表現しているのは、カタカナよりダメージが少ないように思うからだ)
でもそのくらいで私は動揺しなかった。そんなこともあろうかと。
ところが、しばらくたってから私のおしぼりの上に、またごきぶりのお子様が乗っているのである。これにはちょっと動揺して、店員さんに「これ!これ!」と意味不明の抗議をし、下げてもらったのだ。
でも考えてみると、蝶も虫、ごきぶりも虫。共に地球で生きる仲間である。
なぜ私はそんな差別をするのであろうか。もし彼が蝶であったなら、2度も出てきてくれたことに感動していたに違いない。
ごきぶりだってもしかしたら私を励ますために来てくれたかも知れないのだ。
あ〜だけどできたら会いたくない。すいませんが神サマ、できたらごきぶり・ハエさん以外の使者をつかわしてくださいな。
まだまだ未熟者なので、すみません。





